新宮城下町遺跡とは

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▲発掘された石組倉庫(室町時代)

和歌山県新宮市の市街地に、旧・丹鶴小学校という小学校の跡地があります。
新宮市は平成30年度末までに、この跡地へ文化ホールと図書館を併設した施設を建設する予定です。

「新宮城下町遺跡」は、この建設予定地で埋蔵文化財の調査を行った際、発見されました。
現存する新宮城跡(江戸時代に水野氏が築城したもの)のすぐ下にあるため、この名前がついています。

いくつか重要とされる発見がありますが、何よりも、縄文時代から江戸時代のほぼすべての時代にわたる遺跡が一箇所から出土していることは、全国的にも珍しい貴重な発見です。

1次調査を終了した段階でも、新宮市教育委員会は「設計変更により、可能な部分を現地で保存公開する『現状保存』が必要」という見解を出しています。

この遺跡で特に重要と考えられているものは、

侍屋敷地の「石垣」(江戸時代)
  →江戸時代初期のものと考えられているものもあり、保存状態もよく、新宮城と城下町とが、一体となって整備された可能性があることを示しています。一緒に発見された道路跡も含め、城下町の風景を知ることができます。
 ・地下式石組み倉庫(室町時代)
  →石を積んで作られたもので、倉庫として使用されたと考えられます。堺市の商家跡の調査などで類例が見られます。
 ・方形竪穴建物(鎌倉時代)
  →鎌倉市でのみ確認されている工法で作られている建物跡であり、これは当時、鎌倉幕府と強い結びつきがあったことが考えられます。
 ・白磁器等の出土品(鎌倉~室町時代)
  →この時代に、白磁器等の輸入品を使用できるのは、そこで活動していた人が限られた立場にいたものだとわかります。

これらの遺構や出土品は、1次調査(約1200㎡)で見つかったものです。
今後、縄文時代の層までを含む2次調査(約5500㎡)が行われる予定であり、さらに重要なものが発見される可能性もあります。
2次調査は、6月に開催される定例議会で発掘調査費が可決された場合、7月から行われる予定となっています。
→6月定例議会で「2次発掘調査費が可決」されたため、調査を行うことが決定しました。(7月1日追記)


遺跡に迫る危機

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▲新たに建設される「文化複合施設」のイメージ図

新宮城下町遺跡の場所は上記の通り、ホールと図書館を建設するための予定地です。
2016年5月現在、施設の基礎や床部について設計変更を検討はするものの、「ホールと図書館の建設を優先する」と市長が明言しています。

この場所は地盤が弱く、地盤改良工事を行う必要があるとも言われています。
地盤改良工事を含め、施設建設を行なえば、遺跡の大部分が壊されてしまう可能性があるのです。
最悪の場合、記録のみでの保存という形になります。

すでに終了している1次調査(約1300㎡)よりも、広い面積・深さで2次調査(約5500㎡)が予定されています。この2次調査でも、さらに重要なものが発見される可能性があります。
しかし、新宮市は2次調査の結果を待たずに、施設の実施設計(建設するための最終的な設計)に着手するとしています。

ホールや図書館も確かに大切ですが、今から代替地を考えることはできないのでしょうか。
新宮城下町遺跡を破壊してしまえば、新宮市における縄文時代からの歴史の蓄積を、二度と見ることができなくなってしまいます。


遺跡をどうすべきか?

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▲遺跡の現地説明会に参加した地域の方々。 この場所が文化複合施設の建設予定地になっています。

遺跡をどうすべきか?
遺跡は、一度壊されてしまったら二度と元には戻りません。
では、どうすべきなのでしょうか。

新宮には、世界遺産にも登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」があります。

発見された遺跡は、地域固有の財産でもありますが、それだけにとどまらず、日本全体にとっても、過去を知る上で貴重な発見であり、世界にも発信していける共有の財産となりえるのではないでしょうか。
現時点の調査結果からも、遺跡を残せば史跡として指定を受けられる可能性は十分にあると考えています。

発見された遺跡は、まず現地で保存することを考え、後世に残していくことが大切です。
私たちは、遺跡から歴史を学び、観光や教育など様々な分野でもそれを活かしていくことが、最良の方法だと考えています。

 


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