あなたの声を届けてください

世界遺産のまちでもある和歌山県新宮市で、「新宮城下町遺跡」が発見されました。

この遺跡が今、新宮市による文化ホールと図書館の複合施設建設に伴って、破壊される危機に瀕しています。

縄文時代から江戸時代のすべての時代にわたる遺跡が一箇所から出土している新宮城下町遺跡は、全国的にも珍しい国民共有の貴重な財産です。

遺跡から歴史を学び、後世に伝えていくためにも、
専門家による調査に基づいて、時間をかけ議論し、遺跡の保存方針を決定すべきだと考えています。

さらに詳しくは、「新宮城下町遺跡とは?」からご覧ください。


このサイトは皆さんとともに 新宮城下町遺跡を学びながら、作り上げていくものです。
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あなたの声を届けてください” への12件のフィードバック

  1. この文面だけでは財政や、地域への影響、活性化、また、経済的効果などの具体的な対比や詳細が書かれていないので判りません。勿論、これから委員会、議会で話し合っていくのでしょうけど、判断するにはもっと知っておくべき事があると思ってます。
    財源を考えなければ遺跡と施設の融合が望ましいと思ってます。
    しかし、財源を理由で熊野学センターが無くなりました。
    私にとっては熊野学も遺跡もどちらも市にとって大切な宝と思ってます。ですが、使えるお金は限りがあります。
    まだ、勉強不足の私は現時点では判断しかねます。

  2. 新宮市のPRと市の未来への存続として、大変大きなものが出現したと感じています。やはり神様はお出ましになられたという心境です。
    熊野学センターって?、この遺跡を保存していただいたら、なにも箱物を作らなくても市全体が熊野学センターになるのではないでしょうか?
    古事記、日本書紀に記載されている熊野神邑がこの平成へとつながり、さらに未来へと。ここを生かせないと新宮の未来はないとさえ思えます。
    座学も大事かもしれませんが、歩いて学ぶ熊野学。ワクワクします。
    知人のアメリカの方も仰っていました。日本人は新しいものを作ろうとするけど、古いものこそ宝。あるものを生かすことが大事と。
    文化複合施設ももちろん大事だと思います。しかし、今ある建物(空きビル)を活用して、図書館、熊野学センター、市民ホール造れるのではないでしょうか?
    2回目の遺跡説明会も参加しましたが、初回の江戸時代の武家屋敷跡の熊野川へとつづく、4.8m幅の河原町通りを見たとき、新宮という町の財力のすごさ。人々の往来の賑やかさにも思いを馳せることができ、改めて新宮市に感動しました。
    お宝がでちゃったのよ。みなさん!!
    大事に大事に考えていきませんか?

  3. 遺跡を何らかの形で固めてその上を歩けるガラス張りにして回りを回廊のような建物にすると神社風にも見えるしお洒落なカフェも併設出来るのではないでしょうか?
    過去と現在の融合。古代遺跡の上でランチが出来る。
    これは、全国からお客様を呼べるのでは?
    低額でも保存のための入場料を取るのもありではないですか?

    可能であれば半地下も作って間近に遺跡を見る場所を作っても良いと思います。

    この回廊で複合施設になるのではないですか?

    資金は、ふるさと納税やファンド等を活用して広く協力を求める事で、関わりと関心を持ってもらう。

    夢物語でしょうか?

    1. 福辻さまのアイデアは大変共感できます。
      新宮には、他県から是非とも行ってみたいと思う「メダマ」となる物は速玉神社と神倉神社ぐらいしか思いつかないですが、もし図書館のホールの中に遺跡がガラス張りフロアで、本を選びながら見られるなんて素晴らしいことだと思いますし、全国の皆さんが一度は訪れたい場所となるでしょう。
      あと、図書館だけだと廃れるので、カフェなども導入して新宮のランドマーク的な物にして欲しいです。

  4. 色々な意見を聞いたうえでのコメントです。市長も議会も観光協会も何とかしたいという思いは判ります。
    市長や行政の発想は一時代前の発想だと思います。自前の予算もないのに補助金頼みで箱モノを作る時代はだいぶ前に終わっています。アドバルーンは景気良く上げた結果、予算がないから、熊野学センターを作るのはやめて規模を縮小する。東京オリンピックが決まったので建設費が高騰しているから、予算が足りなくなった。国の補助金の期限があるから、建設を優先で考える。これは、本末転倒と言われて仕方ないと思います。
    最近、マスコミでは南海トラフ地震の発生確率が高くなったという報道もあります。心配しすぎて萎縮する必要はないと思いますが、いま、新宮市民や近隣の住民にとって、新宮市が考えるべきことは何かという議論も必要だと思います。市役所の建て替え予算も当初より増えているんではないでしょうか?若者が住みたくなる街づくり、新宮市にお金を落としてもらえる方策づくり、やるべきことはそちらではないでしょうか?
    第一に考えるべきは、市民の安全をいかに確保すべきかということだと思います。市役所の建て替えはその視点で提案されたんではないでしょうか。

  5. 図書館やホールは街の人のため。遺跡は人類のためです。目的が違います。市が21世紀を生き残っていくビジョンはありますか。何を大切にしていきたいのですか。それがないとブレて、よくわからない妥協案になり、周りから見ると極めてつまらないものになります。

    東京に住む一熊野ファンである私としては、どこにでもある図書館やホールには行きません。おそらく誰でも、旅先でわざわざ行くことはないですよね。遺跡は行きます。そこで適切な保存と解説があれば、さすが熊野だなあと思います。

    私は新宮に、誇りを持って世界の人々を案内できる街になってほしいです。アイデアを出しまくってください。正念場ですが、がんばってください。22世紀には世界で唯一無二の街になることを期待して応援しています。

  6. 結局は市と市民がどのような街にしたいのかというコンセンサスの問題かと思います。岩出市の根来寺でも単純な遺跡で非常に分かりやすいのに行政に押し切られてしまいました。文面からは複合遺跡のようにおもいますが、複合遺跡の場合適切な解説がななければ、穴だらけの非常に分かり難い遺跡になります。単純に保存は破壊かではなくどのように活用していくか、市民(有権者)の意識を上げることが重要と思います。

  7. 歴史を語る遺跡や文化財は一度壊したら二度と戻らない。短視眼的に物事を見ずに、長い目で見ていかなければ大事なものを失くしてしまう。歴史あるものはその土地の魅力になり価値を上げてくれる。戦後、古いものを壊してきてまだ日本人は気づかないのか?文化財は大事にすれば、観光というものに繋がり、市民の誇りになる。歴史を大事にしない民族は滅びる。ぜひ貴重な発見を保存してほしい。縄文時代の遺跡は今とても注目されている。縄文時代は遅れた文化ではなかったことが分かってきています。ぜひ残してください。

  8.  遺跡のネーミングは、これで良いのでしょうか?
     このWeb Page冒頭に、「縄文時代から江戸時代のすべての時代にわたる遺跡が一箇所から出土している」とあります。それを「城下町遺跡」と呼ぶのに違和感を覚えます。
     新宮城の創築は1618(元和4年)。ドラマ”真田丸”で描かれている時代よりも新しく、”城下町遺跡”という名称はこれより新しい時代の遺跡に焦点を当てているものです。熊野詣からは熊野速玉大社の「門前町遺跡」であり、古くからは交通の要衝として栄えた「物流町遺跡」でもあります。熊野速玉大社境内から縄文土器が見つかり、阿須賀神社境内に弥生・古代の住居跡遺跡があり、その間の位置にこの遺跡があります。
     「縄文時代から江戸時代のすべての時代にわたる遺跡が一箇所から出土している」ことを、上手く表現する良いネーミングはないものでしょうか?

  9. 遺跡を残すことに賛成です。
    ただし、雨の多い地域ですから遺跡が風雨によって破壊してしまっては元も子もないので、きっちりとした保存出来る施設は必要かと思います。
    この遺跡が地域活性化に繋がれば何よりです。

  10. 地域の住民でないので、無責任なコメントと言われても仕方ないかもしれませんが、この記事を拝見した今の時点の私の意見として書かせていただきます。
    個人の意見としては、遺跡は残すべきだと思います。箱物は他に建設可能ですが、遺跡はその場所にしかありません。
    ただ、遺跡を地域の目玉とするならば、行政だけでなく住民のもりあげる意気込みも必要だと思います。「お金は住民、やるのは役所」という考えならば、保存施設ができた最初だけ見学者が来るだけで、維持ができるだけの集客は見込めません。これをきっかけとして町の活性化につなげてほしいと思います。
    外部の意見も大切ですが、住民の皆さんの意識をもりあげる事も大切でないでしょうか。

    それと、遺跡の上に施設を作るお話ですが、遺跡のどこで区切るかという問題もでてきます。たぶん既に掘ってある場所以上に遺跡は広いですよね。どこで区切りをつけて耐震地盤工事を施すか。そちらも検討しないといけないですね。図書館ホールを別の場所で作って遺跡を残すよりお金かかりそうな気がします。

  11. 遺跡と複合施設の両方を「同時に」果たそうとするには無理があると思います。
    まず、遺跡の保存と展示。次に施設の建設。

    カギは「儲かる遺跡展示」。
    そうして得た資金は遺跡展示の存続・拡充と様々な施設運営に充てる。
    好循環していくように長期的な計画が肝要ではないでしょうか。

    そのためにみんなで知恵を絞ってアイデアを募りましょう。
    私も以下思いつくまま書いてみます。今後も思いつく度に書き込みたいと思います。

    課題と必要なアイデアをいくつかリストします。
    ①初期投資費用
    遺跡がお金を生んでくれるまでの初期投資費用をどうするか。
    例えば、
    ・おとうまつり市外在住者参加権
    新宮市に住民票がない市外在住者のおとうまつり参加を参加費支払いを義務として
    その参加費用を遺跡保存費用などに充てる。
    ・天空ハーフマラソンなどのイベント参加時に遺跡保存費用を目的とするチャリティ(寄付)を募る。
    ・縄文時代~江戸時代まで各時代の研究者や研究施設から寄付を募る。
    ・ふるさと納税でおとうまつり参加権、熊野古道参詣招待券とか。
    ・とにかく、「残したいのにお金がなくて困ってます」を前面に出してネット等も含めて積極的にPRする。

    ②遺跡調査の目的を明確にする
    例えばどこを残し、どこは取り壊すかの議論は必要になるでしょう。そのためにも入念な調査が必要だと思います。
    ただし、壊すといってもできる限りデジタル保存する。
    すなわち、バーチャル3Dデータとしていつでも映像や状態が復元できるようにする。
    また、「売り」になる遺跡としての価値の確認も重要でしょう。

    ③遺跡展示方法
    既に投稿されているようにガラス張りの遺跡の上にカフェを作るなど、新宮にしかない展示法を考える。
    縄文時代から江戸時代まで地層の上にガラス年表を重ねるとか。
    新宮市の歴史と世界史日本史年表が地層の上に重なる。

    ④他の文化的要素との連携をはかる
    おとうまつり、熊野古道、徐福伝説、御船まつり、扇祭り、佐藤春夫文学、中上健二文学、西村記念館等々、
    個を連携して歴史と文化のまち新宮を創っていく

    思い付きを無責任に並べました。
    まだ熟慮する時間がなく取り留めありません。
    ご迷惑な投稿だったかも知れませんが、最初の一歩になればとの思いからです。ご了承ください。

    慌てずテキパキ、慎重かつ大胆に英知を結集させましょう!

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